少し古い記事ですが、農林技術研究所 主任研究員の稲垣栄洋様がパースの都市近郊農業について視察した結果をまとめられています。
農家に密着したとても貴重な情報ですので、一部引用してシェアさせていただきました。
【目次】オーストラリアでファーマーになる。
パース近郊の中小規模農家の事例
どこまでもまっすぐな道を車で飛ばし続けても、ただ見えるのは地平線の彼方まで広がる農地ばかりで、建て物らしいものはほとんど見られない。パースの郊外では、2000~3000ha(およそ 5km 四方)の農地を持つ大規模農家が広がっている。地域のコミュニティはなく、義務教育は無線で通信教育が行われており、病人はヘリコプターで搬送されるという。学会では日本の研究者が能登半島の耕作放棄地の問題を発表していたが、1つの半島に 30 万人が住む地域に過疎の問題があるということを、オーストラリア人は理解できただろうか。
この広大なスケールの農業のみを目の当たりにしていたとしたら、ただこの国の農業に圧倒されるばかりだったであろう。しかし、パースの近郊都市に目を向ければ、数ヘクタールの農地で小規模な農家経営が行われている。はたして、これだけ大規模な農家が展開されるオーストラリア大陸で、小規模な農家はどのような経営戦略で農業経営を営んでいるのだろうか。
このような経営こそ、海外からの輸入品と対抗する日本の農業経営のヒントを含んでいるのではないだろうか。この視点で、パース近郊の農家2戸を訪問し、オーストラリア農業における小規模農家経営の戦略を訪ねた。ただし、今回訪れた農家は農家組合の紹介により選定されたことから、おそらくは地域でも優秀な農家であり、必ずしもすべての農家がこのような経営をしているわけではないことは注意が必要である。広大な農地を活用した郊外では、肉牛や綿羊の放牧、菜種栽培、小麦栽培の粗放管理が行われているのに対して、パース近郊ではオレンジやリンゴなどの果樹や野菜栽培など、比較的単価の高い農作物の多角化栽培が行われている。また、スワンバレーという地域はワイン用のブドウ栽培が盛んで、グリーンツーリズムの一形態であるワインツアーが行われている。
Highvale biodynamic orchard
30 代の女性マネージャーと 30 代前半の若い夫婦の3名を中心に家族経営を行っている。経営面積は 4.5ha である。家屋の裏の丘の斜面に畑は、すぐに隣の農家の畑と隣接しており、さほど広くない。リンゴ、オレンジ、レモン、プラムをオーガニック栽培しており、ジャムやジュース、サイダーなどの加工も行っている。
大規模経営が行われるオーストラリア内において小規模経営の戦略を農家の方に尋ねたところ、重要なことは次の2点であるという回答がすぐさま返ってきた。
①多品種経営
②高付加価値作物の生産
特にオーガニックは大規模経営では困難な高付加価値であるということであった。
農家の方の説明によれば、アメリカやヨーロッパより小さいものの、オーストラリアのオーガニック市場は成長しており、オーガニック農家も増えている。また、プラムなどはシンガポールや台湾、日本などへも輸出しているということであった。一方で、直売も行っており、私が見学中も子供連れの若い女性が果物を買いに来ていた。
オーストラリアにおけるオーガニックは、特にクィーンズランド州やビクトリア州で盛んであるという。この農家の農法は Biodynamic であり、農家の方の説明によれば、Biodynamic はオーガニックの一種であり、主にヨーロッパで行われているという。しかし、何よりも「戦略は何か?」というあまりにダイレクトな質問に対して、すぐさま「重要なことは2つある」という明確な回答がなされたビジネス感覚に驚かされた。また、直売を行う一方で、日本への輸出も行っているというマーケティングの広さも評価に値するであろう。まさに海外市場から地産地消までを、この小さな農園が見据えて農産物販売を行っている。
三名の農業従事者のうち、一人がマネージャーに徹している点が、このような戦略的な農産物販売を可能にしているのではないかと感じた。
オーガニック栽培は、害虫や病気はほとんど問題にならないが、雑草が問題になるということである。クローバー(実際には Oxialis 属)の草生栽培を行っているが、ある種のイネ科雑草が問題となるということであった。しかし見たところモアーによる草刈りが行われており、さほど問題になっていないように思えた。この果樹園で問題になっている雑草は、都市部の公園1ヵ所で見かけられた。特定の土着天敵種については意識してしないものの、生物多様性を高めることが生態系のバランスを保ち害虫や病気を抑えると考えており、カエルやトカゲが多いことを喜んでいた。また、家族のために果樹園内に池を作り、ビオトープを造成していた。
Ms Caralyn Lagrange
パース近郊の小規模な農場は、趣味的に営まれていることも少なくない。この農場主も元は学校の先生であるが、病気になったことを経緯に、10 年ほど前からパーマカルチャーによる農場を営んでいる。パーマカルチャーはオーガニックの一形態であり、オーストラリアで提唱され、西オーストラリアで盛んに行われているという。農場主の女性は、自然の中での生活で、今ではすっかり病気を克服したとのことである。商業経営は行っておらず、パーマカルチャーを実践しながら、幼児から 16 歳までの子どもたちを受け入れた教育ファームを行っている。そのため、さまざまな作物が箱庭的に植えられ、鶏やアヒルが平飼いされるなど、さながら植物園と動物園のよう
な感じである。ただし、農場は 17ha の面積であり、オーストラリアでは小規模とされる農場も日本ではかなりの規模である。農家によれば土がやせていることもあり、オーガニック栽培が安定するまでには 3 年掛かるという。これは日本でも慣行農法から有機農業へ転換する際に言われている年数と偶然ながら同じである。最初の3~6ヵ月はクローバー(実際には Oxialis 属。オオキバナカタバミか?)をまいたり、ハーブ類やブラシカ属を栽培する。そして、2年目には1年生植物を栽培し、3年目には多年生や永年性作物を栽培する手順で行う。その間、枯れ葉と鶏糞で作った有機物堆肥を投入し、ミミズを入れて土を作る。オーガニック農家では雑草が問題となるが、ここでは堆肥がマルチとなるため雑草は問題とならないということである。
オーガニックを成功させるためには、モノカルチャーではためで、多数の品目を栽培することが重要である。その点で小規模農家の方が向いている。
作物の組み合わせは特に注意を要しないが、連作しないように気をつけることがポイントである。また、作物は木を育てるように十分な根圏に水と有機物があるように育てると良いということであった。また、害虫はいるものの、エコシステムが構築されていれば問題とならないということである。確かに菜っ葉類には鱗翅目幼虫の食痕が見られるものの、わずかである。生物多様性は重要視しており、トカゲやカエル、水鳥、甲虫類、ミミズなどが多いことが重要であるという話である。